「不妊治療を考えたら読む本」を書いて

新刊本が、講談社ブルーバックスから7月20日に発売の運びとなります。今回は、顕微受精の米国における黎明期に立ち会い、今は名古屋で不妊治療専門施設を営む浅田義正先生との共著で形式はオーソドックスな不妊治療の解説書です。おそらく今ある和書の中で「人はどのように妊娠するのか」「不妊治療とはいったい何をやっているのか」について最もわかりやすい、そして新しい知識が得られる一冊になったのではないかと思います。

しかし今回も私は、日本の妊娠をめぐる医療には、あまりにも高い日本独自の壁があって、産みたい人が新しい医療技術=より効果的でより安全な技術を受けにくい現実があることを痛感しました。ですから、そのことについてもわかりやすいこの本は、読む方によっては「ショックだ」ということになります。

例えば、日本には「排卵誘発剤は卵巣の卵子を早く減らし、卵子の質を落とすから使わない方がいい」など日本独自の「気分」のようなものがインターネットの中に広がっており、排卵誘発剤を避けようとする人がたくさんいます。しかし実際はどうなのかというと、排卵誘発剤はすべての薬と同様に副作用がありますが、体外受精を有効な治療にするためには必要な薬です。薬を使わない体外受精は妊娠しにくいので、英国では、医師は提案してはいけないことになっています。国の機関であるNICE(National Institute for Health and Care Excellence)が「Fertility problems: assessment and treatment」が不妊治療の診療ガイドラインを作成していて、国民が、「効く」という科学的根拠のある不妊治療を受けられるようにしているのです。

でも日本の不妊治療には、専門家集団が科学的根拠をもとにして作った診療のガイドラインはいまだに存在しません。ですから患者さんは、何がよいことなのかなかなか確信が持てずインターネットの海の中で大変な思いをしています。そして時間とお金をどんどん使ってしまいます。

不妊治療は保険の効く検査、治療が少ない状態で、特に体外受精は、他の目的で保険診療に使われていることでもほとんどが自費診療です。これは患者さんの経済的な負担が重いということにとどまりません。自由診療の自由の下で、どこで誰がどんな体外受精を提供しようが、受けようが、国は「われ関せず」と言っていられるのが日本の不妊治療なのです。

こうした数々の問題を抱えた日本は、40代患者さんが多いというまたもうひとつの大問題ともあいまって、採卵当たりの出産率がなんと「世界の最下位」だということがこの本の取材中にわかりました。その一方で、実施件数は世界で最多です。つまり、日本は出産に至っていない体外受精が膨大に行われている国だということになります。

私はもともと妊娠したあとの分野で出産の仕事を始めましたが、そうした人間の目から見ると、この不妊治療の世界には危うさがたくさんあります。そのことに皆早く気づくべきです。周産期では、もしも赤ちゃんやお母さんに何かあったら医療に過誤があったのではと疑われますが、体外受精のようにもともとうまく出産できる率が低い医療は、上手くいかなくても医師が責任を問われることは少ないでしょう。このような医師に特に高いモラルを求めていくべき分野が野放しになっているのは、大きな問題だと思います。

この本は、お話をいただいた時点では「治療がよくわかる本が一冊あればいい」と思ってお受けしました。ところが浅田先生の取材を本格的に始めたとたん、このような問題が次々と浮き彫りになり、海外との違いがよくわかってきました。その結果、この本は図らずも解説本の域を超えてしまいました。日本は、不妊治療後進国です。不妊治療はまだまだ透明性の低い医療だということを、私はこの本を書いてみて実感しました。

この事実が、何かの形で国の医療行政に届くことを祈っています。

それまでは、これから不妊治療を考える方たちは自分で知識を持つ必要があります。そのための手がかりにしていただける本は、今回、送り出すことができたと思います。

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2016年7月9日