7月17日、日本周産期・新生児学会で「母児と医療者にとっての最善の硬膜外無痛分娩は何か?」というシンポジウムで取材者の立場としてパネラーをつとめました。写真は、このシンポを企画した周産期麻酔の第一人者・照井克己医師と。照井先生には、麻酔のことについていつも取材させていただいています。
昨今の無痛分娩の大人気を反映していたのか、シンポの会場は席が埋まりました。そして内容もかなり充実していたと思います。
順天堂大学の板倉敦夫先生からは、「無痛分娩を24時間受け入れます」とウェブサイトで公表した時から始まった分娩件数急増との闘いが語られました。麻酔科医が常駐している病院は少ないので、麻酔分娩では薬で陣痛を起こすことが多くなります。だから、いつでも麻酔を入れてもらえる病院は貴重なのです。薬で陣痛起こすと、うまく陣痛が進まないことがあります。
しかし、薬で陣痛を起こさなくても、麻酔を使うこと自体に、陣痛を弱めてしまうリスクがあり、鉗子分娩や吸引分娩が増えます。だから無痛分娩の多い病院は産科医の負担が重くなってしまうのですが、順天堂大学では、鉗子分娩などの技術力を向上させて対応しているとのことでした。
また国立成育医療センターの伊藤裕司先生からは、麻酔が赤ちゃんの呼吸に及ぼす影響について報告がありました。同病院では継続的な治療を必要とする子は増えていないものの、生まれた時に呼吸を助ける必要がある子どもはやや増えるそうです(2キロ以上の早産ではない子の場合)。
このように、陣痛の痛みを麻酔でとるということは簡単なことではありません。
ただ、副作用を怖れるあまり、麻酔を希望している産婦さんが十分な麻酔を使ってもらえないという問題もあります。シンポジウムの後半では、埼玉医科大学の小澤千恵さんや大橋夕樹先生から、硬膜外麻酔を強く希望する方たちの立場が伝えられました。そのようなケースは、後々まで気持ちの上でしこりを残すこともあるようです。
私は、ひとり一人の痛みの乗り越え方を大切にしていただきたいとお話ししました。と同時に、麻酔も薬剤だということを忘れてはいけないと思います。薬剤には必ず効用とリスクの両面があって、それを天秤にかけながら使うのが基本原則でしょう。ですから必要な人には不足なく使うべきでしょうし、必要ではない人に「使った方がいいよ」と奨めるのもおかしなことだと思います。
また私は、どんなお産をする人にもリラクセーションは出産の準備として必要だと思います。麻酔分娩は完全に痛みを取るものではなく、陣痛の弱まりや血圧の低下がうまくコントロールできなければ量を減らされたり、時にはしばらく切られてしまうこともあるからです。
また、痛みというものが「不安で強まり、安心で弱まる」という性質を持つことはよく知られたセオリーです。今日、こんなに無痛分娩人気が急上昇していることが、出産・育児への不安が増大したサインではないことを祈りたいです。陣痛の痛みには麻酔がありますが、育児の大変さには麻酔がないからです。
シンポのあった日の翌日は、ゆっくりと会場を回りました。その中で特に印象に残ったのが、最終ワークショップの「胎児手術の最新の話題 新しい胎児治療法と日本における展開」でした。
秋から胎児医療の取材を始めたいと思っていたのですが、自分の中でキックオフができたような気がしました。この春は妊娠する前の世界で大忙しでしたが、こうして北陸に移動し、赤ちゃんの身体が出来はじめた時期の世界にゆっくりと浸かれたことはよい気持ちの切り替えになりました。
2016年7月18日